崖の上のポニョ (2008 宮崎 駿)

宮崎駿4年ぶりの新作は、今までのリアリズムから離れた童話的な世界をCGを排して全編手書きで表現した意欲作。さいしょにいっておくけどおこさまむけですよ。
序盤の15分は描写の細部に感心し、語りの配分に「ああ映画だねえ」という感じを味わいつつ「このまま普通に盛り上がって終わってくんないかな」とひそかに願う、というのがここ十数年のパターンなのだが・・・今年もおんなじ。しかし今回はいままで世界や物語の構築に使われていた分のエネルギー*1が作画に注入され、監督自身が気鋭のいちアニメーターに回帰した趣がある。ポニョが人間の女の子に変身するさいに親父が溜め込んでおいた魔力の壷を開放してしまって、それが原因で狂乱した海が港町を襲う中盤のクライマックス。海にCGを使わず手書きを選択した本当の理由(欲望)はこれ−−−ほぼ全画面をおおう蠢く海をセルにすれば自分が一から描いて埋めることが出来るから−−−だと気づいたときはなんだか背筋に冷たいものが走りました。これで動画の出来がぼろぼろだったりすればむしろ納得なんだが、かつての作品群と比べても純粋な作画エネルギーの爆発と云う意味では抜きん出る、という世にも恐ろしいことになっており、これ三十代あたりならわかるけどもうすぐ七十の声を聞こうという人間がやることじゃないよ。「もののけ」以降は「強すぎる生命力が微かな命やささやかな均衡を脅かす」という矛盾をはらんだ強迫観念(テーマとは違う)に覆われている宮崎作品だが、自分の奥にこんなものが渦を巻いていたらねぇ。そりゃ強迫観念や社長やわけわからないものにも襲われるわ。
そのおもわず噴きあがるなにものかを鎮めるためのすさまじい地鎮祭が済んだあとは、童話のつもりでみてもすっかり油ッ気の抜けた展開に。とくに宗介ママ(山口智子。いまいち)と母親同士で密談をおこなって事態をすべて回収する天海祐希のビッグマザー、彼女の造形と作画からはウソのように生気が剥がれ落ちており、かなり気持ち悪い。そういやナウシカのマンガ版にもこういったうつろな母が出てきてたなあ。ポニョの親父も、登場時こそ複雑な心情を持つキャラにみえるものの、終わってみれば声が所ジョージでも問題ない程度の単純キャラにおちついた(一茂は誠実そうで元気があれば良いだけの役なので最初からはまってた)。「もののけ姫」以上のスケールをもつお話が「アンパンマン」の一挿話程度のお話として語られたようなわけだけど、スチルでの印象ほど表現の抽象度が上がっているわけではないのでちぐはぐさは残る。その一方で緻密な美術とともにあるリアリズムからの妙な開放感も感じられ、まるでなにかを恐れるか(〆切じゃないとおもう)のように息をつめてラストを走り抜けていた近作群とはまた違った味わいの終わり方は悪くない。
100分の上映時間は、しかしもう20分短くすれといいたい。ここまできたら帰るところはあそこだろうというか。

*1:背景が絵本ぽいからといって手軽にできるって訳じゃねいんですけどね