ゼア・ウィル・ビー・ブラッド (2007 ポール・トーマス・アンダーソン)

または「PTAの社長えんま帳」。実感をこめていいますが、いるいるこんな社長。 以下はめざせ!中谷彰宏ということで書いた一文ですが、新書一冊分にふくらかすのはムリムリだったのでここにアップします。むろんネタバレしてますよ!
 

  • 創業者である
  • 実務にもかかわる。ないしはそこからスタートして業務の本質をつかんでいるという自信がある
  • 個人事務所の延長などではなく、事業の拡大をめざし成功をおさめている

会社を立ち上げてキチンとまわすには人並み以上のエゴが必要で、それを会社や従業員に投影するのは利益の追求という目的にかなうことでもあるわけだが。

  • 自己認識は「誠実」

自分は周囲をまきこんだエゴ・ドライブをしているという自覚と、いつわりない自分をさらけ出しているという自負は(周囲の認識はともかく)ちゃんとあり、とくに自分についてきてくれる仲間にたいしては愛情と表裏の罪悪感をいだく。が、この認識はいったんまわりだした(彼のエゴそのものと化した)巨大な装置の前にはたやすくかき消えてしまうものでもある。

  • 嫌いなヤツ
    • 自分の血を流さずに利だけを求める人間(軽蔑)
    • そんなのが自分の金だけをめあてに近づいてくる(泥を食わせてやる!)
    • 身内の裏切りもの(追放、場合によっては処刑)
    • かつて一度でも自分をひざまづかせたことのある人間(忘れていると思わせといてやる!今はな!)

その会社がうまくいくのは、(運の要素をのぞけば)運営する人間が人並み以上に「よく見える目」をもっているからだ。その「視力」はその持ち主を利し、また同時にその代償であるかのように責めさいなむ。そういった内容の述懐が主人公本人から「弟」ヘンリーにたいして行われるが、この時点で主人公が彼に対してすでに疑惑をいだいているという点は重要である*1。ルールを守らないものは決して許さないが人を信じていないのではない。金はすべての基準であり苛烈なまでに追求はするがそれそのものが目標ではない。しかしこの自己認識と周囲の見解は、彼の装置が巨大になればなるほど加速度的に離れていく。必然として

  • 最大の特徴:
    • 孤独

ということになり、おおなんだそこは俺と一緒じゃないか。まあ一杯やろう(君の金で)。
この映画の最大の見どころは(俺にとっては)地下から湧き出てくる黒々とした液体のまがまがしさとそれにまつわる事故の数々(血の赤が原油の黒に溶かしこまれる)で、とくに劇中最大のアクシデントである油田火災が、彼の成功とその後の破滅を暗示しつつダイナマイトによる消火*2に至るまでは音楽を含めこの映画の白眉。だが「黒い水にまみれて穴ぼこの底でうごめいている人間」はこれ以降ほとんど姿をみせなくなり、それにちかいものはヘンリーを埋めるために主人公が掘った穴から染みだしてくる水と、ラストシーンでたたき割られたイーライの頭から流れ出てくるどす黒い血のみ。それらがふくまれる最後の一時間はダニエル・デイ・ルイスの芝居以外の見せ場がすくないよ*3、と思うのは俺くらいか。
ちなみに上に箇条書きで書いた社長の生態には重要な一要素がぬけてます。まあ森繁とデイ・ルイスでは何から何まで違いすぎですが、この映画にいっさい出てこず社長シリーズには不可欠な要素、多分PTAが意識的にぬいた要素が案外重要で(入れてしまわなかったのがこの作品の高評価につながっているんでしょうが)これが入っていれば俺の評価はもっと高かったね。まあでもひじょーに面白かった。

*1:これは記憶違い、よく思い返すとその後の海岸のシーンで疑惑が浮上するんだったわ(砂浜の体育すわり。ヘンリーの体にかかる影が怖い)。

*2:新旧どちらでもいいが「恐怖の報酬」を観てない人にこれがすんなり理解できんのかちょっと気になった

*3:そういえば例のミルクシェイクって、セリフのみで実物が登場しないじゃないか!ほんとうにズズーッとやるとばかり思ってました。「もののたとえ」がそれというのも唐突すぎて笑えたけど。